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モトリッツが考えるモーターライフ

モトリッツが考えるモーターライフ。

モーターサイクル愛好家は普段の足代わりにオートバイを使わない。

基本的には時間と心に余裕がある時、特別なシーンでオートバイが登場する。

その理由にまず、普段の足代わりであれば日常で使う車の方がはるかに便利で安全で楽だからである。

そしてそこからお察しの通り、服装や防寒、安全性に気を配る必要があるので、乗る際にはある種の決意に近い意気込みが必要なのだ。

モーターサイクルを愛するということは、決して距離や乗る頻度を高めるということではないし、数多くの車種に乗っていろいろな経験をしているということでもない。

自分のための時間を作る、非日常の空間で心を癒す、その時間を大切にする、そのためにオートバイに乗るのである。

それがモトリッツの考えるモーターサイクル愛好家。

オートバイの中でも輸入車や名車と呼ばれるものは特に値段が高い。なぜなら性能ではなく、乗り味や乗るシーンを創造しながら作り手が"乗り味"にこだわったプロダクトだからである。

しかし輸入車や名車と呼ばれるオートバイは手入れを怠るとエンジンがかからなかったり途中で止まってしまうこともある。
それでもわがままな我が子のように感じ、愛着すら沸く。
そして走る先には予期せぬ様々なシーンや出会いが待ち受け、乗り手を走りに駆り立てる。

それが作り手のこだわりとともに歴史を刻んできたプロダクトのみが発することができる【あじわい】なのである。

飲酒に例えてみよう。

日々の労働の疲れを癒すために仕事帰りにアルコールを飲むことは多々あるだろう。
こういう場合、基本的には酔えればいいわけである。だが、時間やお小遣いに余裕が出て、特別なお祝いの日、週末に夫婦や大切な友人と過ごす時はとっておきの美味しいお酒を選ぶ。
嗜好する目的だから、単に酔えればいいという時とは違う。

モーターモノも同じなのだ。単に移動手段が目的なら安価で高性能なスクーターや公共機関の方がはるかに良い。

だが、モーターサイクルを愛好することは乗ることそのものを味わう醍醐味と、何よりもその時間にリラックスしたりフレッシュすることを目的にしているのだ。

だからこそ、ゆとりのあるときに大切に乗りたいオートバイ、非日常のオートバイ、といえるのである。

モーターサイクルの醍醐味は、高速で移り行く風景、その土地や場所の香り、気温の変化、エンジンの鼓動感、オートバイを操る感覚、多くの感覚に刺激が届くことによって人馬一体感が生まれ、興奮と心地よさを同時に感じることができるところだろう。

忙しい生活の中で衰えがちだった私たちが本来持っている感覚を取り戻すことができる。脳内がリラックスしてくるといろいろな閃(ひらめ)きや空想、未来の構想が出てきてポジティブに脳が働くようだ。決して過去の反省なんてせず、常に明日のこと、未来のことを思いめぐらせて明るい思考回路が開けてくるような気がする。

モーターモノを愛するということ、好きであるということ、これはまぎれもなく【真の自身】と触れ合っている証なのである。

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